「え?先行でいいんですか?」
このバトルをやるにあたり、拓海は驚きを見せた。定峰峠の下りは拓海と、埼玉西北エリア連合リーダー・秋山延彦との戦いだったが、延彦からの提案が冒頭の拓海の台詞となった。
手前・インターアライド「MODELER’S」 トヨタ・AE86 スプリンタートレノGT APEX 藤原拓海仕様(後期型) ハイテックツートーンwithカーボンボンネット
奥・インターアライド「MODELER’S」 トヨタ・SXE10 アルテッツァRS200 Z-Edition 秋山延彦仕様 シルバーメタリック
延彦側から見る。
もはや勝ち目など初めからないのはわかっていたらしく、実際に拓海の240psかつ940kgの軽量ハチロクに対し、延彦のアルテッツァは210psかつ車重も1350kgと明らかに不利だった。ならば次の一手を指すべく、後ろから観察に徹し、手の内を探ったのである。
「さあ見せろ。超人的な技術とスピードの本質を!!」
あっさりと置き去りに。
結果は拓海の圧勝に終わるが、このバトル後、延彦は従兄・秋山渉と、ラリーストである坂本と会談。そして導き出したのが…カプチーノだったのである。
とは言え、延彦が駆るアルテッツァは走り屋に向かないクルマというわけではない。発売されていた当時、1998年から2000年頃はFR車が極端に少なくなっていた事情があり、トヨタでも手頃かつあまり高くないクルマでFR車がアルテッツァのほか、マークⅡ、チェイサー、そしてアリストぐらいしかなかったのだ。加えて、欧米ではトヨタのプレミアムブランド・「レクサス」の初代ISがアルテッツァの海外名だったのである。
延彦のアルテッツァが2007年に生産終了したあと、次代モデルかつ究極型が「レクサスIS F」だった。