(Original Written at 2015/5/21)
「今からよく見てろよ、藤原のあのクルマ、視界から消してやるからよ!!」
こうステアを握りながら叫ぶのは、かつての拓海の高校でのサッカー部の先輩にあたり、拓海にぶん殴られて以来恨みを抱く男、御木である。
拓海の高校時代の彼女、茂木なつきを雪降りしきる秋名湖で拉致し、山麓に向かおうと目論んだ際に救出に現れた拓海のハチロクを見てせせら笑い、引き離し始める…。
その御木が駆るクルマがトヨタ・セリカGT-FOURである。
hpi MIRAGE トヨタ・ST205 セリカGT-FOUR ブラック
このクルマ、ST205は1993年のフルモデルチェンジで登場し、当時トヨタもWRC(世界ラリー選手権)に参戦していた。白いボディにカストロールのロゴのセリカGT-FOURを駆って、1995年にはドライバーのディディエ・オリオールがドライバーズチャンピオンに、トヨタもマニュファクチャラーズチャンピオンの二冠を制するなど、実は三菱、スバル以前にWRCを初めて制した日本車メーカーはトヨタだったりする。
GT-FOURのスペックも文句はなく、
駆動方式 フルタイムAWD
全長×全幅×全高 4420×1750×1305mm(3ナンバー)
最高出力 255ps(188kW)/6000rpm
最大トルク 31.0kg・m(304.0N・m)/4000rpm
種類 直列4気筒DOHC16バルブICターボ
総排気量 1998cc
車重 1390kg
トランスミッション 5速MT
当時のランサーエボリューションやインプレッサWRX Stiとタメを張れるクルマであった。だが、ランサーエボリューションやインプレッサと比べておよそ100kgも車重が重いのがウィークポイントなのだろうが…。
そんなクルマだから御木も過信していたのだろう。雪の秋名山でFRごときが4WDターボに追いつけるわけがないと。
左サイドビュー
しかし、最後は拓海に見事追いつかれるのみならず、コーナーを曲がれずに激突するみじめな結末だった。バトル相手としても格下以外の何者でもなかった。
増刊本「頭文字D THE MESSAGE」で服部尚貴監督もこの御木の駆るGT-FOURに触れ、
「雪道でも、ステアリング操作やアクセル操作を丁寧にしないと4WDの有利さは活かせない」
とコメントしているのだから、御木の運転レベルはまさに「若葉マーク」だったのだろう。やはりドラテクを磨かないと、せっかくのハイスペックでも凡車になるいい例だ。
ランサーエボリューションやインプレッサWRX STI、レガシイ、R35 GT-Rに乗りながら運転がヘタクソでそのスペックを活かせず、アルファード、エルグランドやデリカ、オデッセイといったミニバン、ランドクルーザーやエクストレイル、フォレスターといったSUV、果てはヴィッツ・マーチ、スイフトといったコンパクトカーにあおられたり、抜かれたりというのと一緒かも知れない。思い当たる節がある読者諸兄は、一日でも多くクルマに乗ってドラテクを磨くべし…だろう。
あるいは多くのレーシングドライバーが語るように、免許とりたてならあえて「スペックが低いクルマ」に乗った方がいいのかも知れない。樹のAE85レビンや賢太のS14 Q’sのように。
リアビュー

ウイングにはGT-FOURの文字が。
御木の駆るセリカGT-FOURは、原作とArcade Stageではブラック、劇場版Third Stageではダークブルーイッシュグレー(灰)の設定で、hpiよりリリースされたのはこのブラックのほかスーパーレッド(赤)、シルバーメタリック(銀)の3色であった。なお、実車ではダークブルーイッシュグレーカラーはST205に登場せず、兄弟車のカレンに用意されていたカラーである。
とはいえ、レジンモデルゆえに高価だった…EBBROのダイキャストなら2台買えてしまう額(当時)である。
(2024/6/30追記)
その後1/43サイズはwit’sからもリリースされており、同色のブラックのほかイメージカラーのレッドもリリースされた。だが、hpiもwit’sも後に1/43から撤退してしまった。今主流の1/64サイズならばホビージャパンから出ている。